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大切な同期

社会人1年目から同じ部署だった同期が、31日で他の部署に異動になります。
寂しい。。
まだ実感があまりわかないけど。。


4年半、あっと言う間だったなぁ。
数え切れないくらい一緒にご飯に行ったり飲みに行って、グアムやハワイにも一緒に行った。
国内旅行もたくさんしたなぁ。

仕事の愚痴を話しながら、ファミレスに4時間くらい居座るのがザラにあったなぁ(笑)

特に1年生の頃は毎日がいっぱいいっぱいで、一緒に泣きながら乗り越えたなぁー。
この同期がいなかったら、もう今頃辞めてるかもしれない。。

今ではプリセプター2年連続でやったり、お互い成長した...と思いたい。

そんな4年半の感謝の気持ちを込めて、今アルバムを作ってます( ´▽`)





スプラックブック、作るの楽しい♪
クラシック名曲の作業用BGMを聴きながら作業中です(^-^)
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花火大会

今日は、とある花火大会に行ってきました!
今年の夏、4回目の花火大会。
4回目にして、やっとまともに花火を見ることができました。

と言うのは、

葛飾花火大会:雨天中止。浴衣着て行ったのに直前のゲリラ豪雨に遭う。びしょ濡れ。

隅田川花火大会:雨天中止。15時から場所取りしたのに開始20分くらいでゲリラ豪雨に遭う。これまたびしょ濡れ。

東京湾大華火祭:友人が今夏一番の暑さにやられたため、やむなく車でお台場に向かいドライブがてら花火をチラ見。


長い間晴れ女で通してきた私、
今夏より雨女デビューを果たしました。。

しかし、花火はやっぱりいい!
日本人は江戸の時代から何百年と、
花火と共に夏を過ごしてきたんだろうなーと思いながら見てました。

たまやー!かぎやー!の言葉が生まれた経緯しか知らない私。
花火はどうやって発展したのか調べてみた(^o^)/


中国は10世紀ごろ、ヨーロッパでは貴族の遊びとして14世紀頃から花火は存在していた模様。
日本では室町時代、戦で死んだ人々を弔う意味で打ち上げられたと言われてるけど定かではない。
火薬は当時貴重なものだったのでそんな使われ方はしないだろう、との見解がある。

それが江戸時代に入り、戦がなくなると、花火を専門に扱う火薬屋が出始めた。
外国から花火の技術も入ってきて、花火は発展していった。
弥兵衛が鍵屋を創立し、6代目になった頃には両国の川開き(吉宗が、当時流行ったコレラと飢饉による死者に対する慰霊と悪霊退散を目的とする水神祭り)が毎年夏に行われるようになり、それに合わせて花火を披露するようになった。

玉屋は、鍵屋から暖簾分けした清吉が創立した。
んで川開きでは両国橋を挟んで上流を玉屋、下流を鍵屋が受け持つようになった。
人々は花火を見ながら、優れている方の屋号を叫んだ。
「たまやー!」「かぎやー!」と。
実際、玉屋のほうが優れていて浮世絵とかには玉屋の花火が多く描かれてたり、
当時の歌にも玉屋の花火の方が登場するらしい。

でも1843年に玉屋が家事を起こして、江戸から追放になった。
でも鍵屋、玉屋それぞれ暖簾を守り続け、特に戦時前後は危機を迎えながらも、現代も花火屋として続いてるそうな( ´▽`)

ちなみにカラフルな花火が開発され始めたのは、様々な化学薬品が輸入され始めた明治時代から。
最初は化学薬品の正しい扱い方が周知されてなかったために、開発中に爆発などの事故が起きたり大変だったみたい。
でも職人さんたちが諦めず開発をしていったから、今の多彩な花火があるんだろうなぁ。。素晴らしい。。


と、いう花火の自由研究をしてみたとさ!
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